高椋浩史のプロフィール

私、高椋浩史(たかむくこうじ)がなぜ人の動きに興味を持ち、アレクサンダー・テクニークに出会い、動き作りのレッスンを行うようになったのか、自己紹介させていただきます。

サッカーをしていた時期

私は大学までサッカーをやっていました。2軍、3軍でプレーしていたのですが、どうやったら少しでも上手くなるのかを考えながら練習するのはとても楽しかったです。今考えると的外れのことを結構やっていましたが(笑)

そんな選手生活の中でも、調子のいい時には周りが止まって見えるようにプレーできた瞬間がありました。いわゆるフロー体験というものです。これは何度か経験しました。

一方で、腰痛などに悩まされ、プレーも上手くいかずに何をやっても楽しくない時期も経験しました。

そんな経験から、人はどういう時に上手くプレーできるのか? 上手く行かない時には何が邪魔しているのか?ということに興味を持つようになりました。

この問題意識は、大学時代から始めた少年サッカーの指導に始まり、大学院時代のサッカー部の指導、そして、青年海外協力隊で行ったバングラデシュでのサッカー指導の間、常にあり続けました。

バングラデシュでの経験

バングラデシュでは青少年達にサッカーを教えていたのですが、日本で見てきた選手達とは明らかに身のこなしが違う選手達がいました。

サッカー自体のレベルはお世辞にも高いとはいえないのですが、彼らが時折見せるしなやかな身のこなしには何度も驚かされました。

バングラデシュに行く前に、昔の日本人のカラダの使い方は素晴らしかったという本を読みあさっていたので、街で見かける肉体労働をしている人達をみて、昔の日本人もこんな感じだったんだろうなと実感させられました。

アレクサンダー・テクニークとの出会い

バングラデシュから帰国後、サッカーコーチとしてやっていく自信がなかったので、何か学んで武器を作らなくてはと焦っていました。

 いろいろ考えた中で、英語が出来なくて悔しい思いをしたこと、そして、本場のサッカーに触れてみたかったことなどからイングランドにサッカーコーチのライセンスを取りに行く事にしました。

そして、渡英。

ロンドンではライセンスコース参加までの間、午前に英会話学校に通い、午後は現地のサッカーチームの見学をして過ごしました。

そんな中、掲示板でふと見た「アレクサンダー・テクニーク」の文字が心に引っかかりました。

何となく気になっていたのですが、しばらくして、買い物に行った先で再度チラシを見つけ、レッスンに行ってみることにしました。

最初のレッスン

  近所でレッスンをしていた日本人の女性からレッスンを受けました。

 最初の感想は「何やってるのかさっぱり分からない?けど、カラダがむっちゃ軽い~。」でした。

 2度レッスンを受けて帰国したのですが、結局は何がなんだか分からずじまい(笑) 

 でも、しばらくはカラダが軽くなって自由に動けたのは事実だから、自分が探し求めていたものの答えがここにあるかもと、日本に帰ってからネットで見つけた目白のATAのレッスンに参加してみました。

 その2ヶ月後、教師養成コースに入学していました(笑)

 訓練中、最初はサポート校で先生をしていましたが、途中からこの学校の会社化に伴い、そこでアルバイト、そして社員となり、働きながら学んで2010年にアレクサンダー・テクニークの教師になることができました。

そして、2012年に独立して吉祥寺にスタジオを開設、現在に至っています。

現在は

このような経緯を経て現在は、アレクサンダー・テクニークの指導 そして、アレクサンダー・テクニークを応用した動き作りのレッスンを行っています。

前者はアレクサンダー・テクニークをしっかりと使えるようになってもらうレッスン。
後者はアレクサンダー・テクニークのエッセンスを応用して問題解決、競技力向上に生かして頂くレッスンです。

 スランプや使い方の問題で競技を途中で諦めたり、上達するヒントを得られずに諦めてしまうというような選手をサポートしていきたいと思いながら日々、レッスンを行っています。

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